
こんにちは、ポゥ子です。
12月19日、台北で痛ましい事件が発生しました。
ガスマスクを着用した犯人(張容疑者)の映像をご覧になった方もいるかもしれませんが、事件は混乱状態となった人通りの多い現場で発生しました。
今回の犯行は時間をかけ綿密に計画されており、容疑者本人を含む4人が死亡し、11人が負傷する事態となってしまいました。
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そこで今回は、台湾で報道されている情報をもとに、事件当日の時系列や犯人の人物像そして家庭環境などを整理していきたいと思います。
19日当日の時系列
まずは、12月19日当日、張容疑者がどのような行動を取っていたのかを、報道内容をもとに時系列で整理していきたいと思います。
張容疑者は、今年1月から台北駅近くに部屋を借りて生活していましたが、事件直前の12月17日からは、犯行現場となった誠品南西店のほど近くにある「千慧商旅」へ移動し、そこを拠点に行動していたとみられています。
15時過ぎ
・バイクで移動しながら、台北市内の複数地点で連続放火
・今年1月から借りていた自宅にも放火
17時20分頃
・台北メトロ台北駅の地下通路に出現
・ガスマスク姿で発煙弾を投下
・刃物を使い、無差別に通行人を切りつける
・制止しようとした男性が刺され、病院に搬送されるも死亡
・メトロ職員1名も負傷
18時過ぎ
・一度、滞在先のホテル「千慧商旅」に戻る
・装備を整え、発煙弾を補充
18時40分頃
・中山駅近くの路上で再び発煙弾を投げる
・刃物を振り回しながら、2回目の無差別襲撃を実行
・4、5人を次々と襲い、そのうち2人が死亡
18時50分頃
・誠品書店 南西店に侵入
・建物の屋上から転落
19時42分
・病院に搬送されるも、死亡が確認される
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犯人(張容疑者)の人物像
ここからは、事件を起こした張文容疑者が、どのような人物だったのかについて整理していきます。
張文容疑者は、無職の27歳。
桃園出身で、今年1月からは台北市の公園路に部屋を借り生活していました。
しかし、家族との関係は希薄で、両親とは2年以上、兄とは5年以上連絡を取っていなかったとされています。
2023年8月に警備会社を退職して以降、定職には就かず、生活費は貯金と母親から3か月ごとに送られてくる3~4万の仕送りに頼る状態でした。
母親からは、45万元、10万元といった高額の送金も確認されており、約2年間に送られた金額の合計は82万元にのぼります。
一方で、張容疑者は毎月約1万7,000元の家賃を支払っており、明らかに生活は厳しい状況でした。
不足分については、日雇いのような仕事で補っていた可能性が指摘されていますが、事件直前、郵便局口座の残高はわずか39元しか残っていなかったそうです。
性格面については、学生時代の同級生から「存在感が薄く、静かで人付き合いをしない」「特に問題行動もなく、普通で大人しい生徒だった」などの証言が出ています。
友人はほとんどおらず、SNSの利用も極端に少なかったとみられ、LINEの連絡先は、不動産業者と大家さんの2人だけだったそうです。
一方で、幼い頃から銃や武器に強い関心を示していたとも報じられています。
私生活では異世界転生系アニメに没頭し、バイバルゲームを趣味として装備研究にのめり込んでいたそうです。
また、過去には空軍の志願兵として勤務していた経歴もあります。
しかし、在籍中は上官や同僚とたびたび衝突し、集団生活にうまく適応できなかったとされ、3年前に飲酒運転を理由に除隊処分となっています。
さらに、桃園の実家を離れる際に住民登録の変更を行っておらず、その結果、予備役の招集に応じなかったとして、今年7月から指名手配されていました。
報道や警察発表を見る限り、彼は長い時間をかけて社会から孤立していった人物だったことが浮かび上がってきます。
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綿密な犯行計画
張文容疑者の犯行は、突発的なものではなく、長期間にわたり準備された計画的犯行だったことが、警察の捜査で明らかになっています。
張容疑者は今年1月、台北駅近くの台北市公園路に部屋を借り、生活拠点を台北中心部に移しました。
この時点ですでに、人通りの多いエリアを生活圏とし、行動しやすい環境を整えていたと考えられます。
事件の2日前からは、現場となった誠品南西店のほど近くにある「千慧商旅」に宿泊。
当初は「紫園飯店」への宿泊も検討していましたが、最終的には誠品南西店に最も近いホテルを前進拠点として選択しています。
この判断からも、犯行現場との距離や移動のしやすさを重視していたことがうかがえます。
警察は張容疑者の自宅から焼け焦げたタブレット端末を回収しましたが、携帯電話は見つかっていません。
このタブレットの中には、「先に発煙弾を投げ、そのあと切りつける」との記載があるほか、放火地点や襲撃場所の地図、逃走経路など、明確な犯行手順が保存されていました。
これらの内容から、張容疑者は誠品南西店での犯行後に自殺するつもりはなく、ホテルに戻り、一旦発煙弾を補充した後、再び第3波、4波の犯行に及ぶ計画を立てていたとみられます。
そのため、誠品南西店の屋上からの転落については、足を滑らせたことによる事故だったと考えられます。

自宅やホテルの部屋からは、刃物、防毒マスク、火炎瓶の材料などが見つかっています。
去年4月ごろから準備を始めており、武器や装備は、ネットショップなどを利用し、複数回に分けて少しずつ購入していたことが判明しています。
発煙弾については、サバイバルゲーム用を名目に、今年に入ってからだけでも24個を購入しています。

また、張容疑者は事前に、犯行現場の誠品南西店に赴き案内カウンターで、「クリスマスツリーを撮影したい」と口実を作り、屋上へ行く方法を尋ねています。
さらに、当初、張容疑者はクリスマス当日(25日)に犯行を実行する計画を立てていたことも分かっています。
しかし、25日は雨の予報が出ており、人出が少なく発煙弾の効果が薄れることを考慮し、条件がそろうと思われた12月19日に前倒しで実行しています。
一連の事実を総合すると、今回の事件は、偶発的な暴走ではなく、時間・場所・天候・装備まで計算された犯行だったことが、よりはっきりと見えてきます。
犯人(張容疑者)の両親と家庭環境
12月23日、張容疑者の両親が、息子の遺体解剖が行われた台湾の法医解剖センター前に姿を現しました。
この場で、両親は何度も「申し訳ない」と繰り返しながらひざまずき、被害者や市民に謝罪しました。
張容疑者の父親は、報道陣に対して次のように述べています。
「息子が犯した罪は社会に深刻な被害を与え、被害者家族には決して癒えることのない傷を残した。司法当局の捜査に全面的に協力する。」
この謝罪の様子は生中継され、この行動や報道に対しては、「育てた親にも責任がある」とするとの意見がある一方で、両親が世間にさらされる形で謝罪する必要はないという意見もあり、賛否が分かれました。

また、事件現場に手向けられた献花の中には、「張嫌長兄(犯人の兄)」と署名された手書きの手紙も見つかっています。
この手紙は、事件当時、身を挺して犯行を制止し命を落とした余家昶さんとその母親に宛てたもので、加害者家族の立場から「本来ならここに立つ資格はない」としつつも弔意を示す内容となっています。
手紙には、張容疑者が学生時代や軍務中にいじめを受けており、負の経験を成長の糧にできる人もいれば、圧力に耐えきれず、最終的に道を踏み外してしまう人もいるという言葉も並んでいます。
また手紙には、こうして自分の本心を語ることは、世間的にはパフォーマンスや罪の軽減を狙ったものと捉えられるリスクがあることを承知のうえで行っているとも記載されています。
一部では、張容疑者には片思いの女性がおり、恋愛感情のもつれから犯行に及んだのでは?との報道もありますが、お兄さんの言う過去のいじめが犯行の引き金になっているのかもししれません。
結局のところ、張容疑者が犯行に及んだ本当の動機は不明のままです。
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事件の裏側
凄惨な事件の裏側で、たまたま現場に居合わせた日本人ジャーナリスト、木下黄太さんが救護活動に参加されたとの報道もありました。
木下さんは、当時の緊迫した状況をご自身のSNSで発信しています。
また、張容疑者の犯行計画書には、火炎瓶を投げて火災を起こし混乱に乗じて通行人を刃物で襲うとの記載がありましたが、この計画は1人の勇気ある男性、余家昶さんによって阻止されました。
余さんは、張容疑者に背中を刺され、残念ながら命を落としてしまったのですが、彼が身を挺して犯行を阻止したことにより、さらなる大惨事には至らなかったとみられています。
事件後、現場となった台北駅や中山商圏には、犠牲者追悼するボードと献花台が設置され、たくさんの人々が哀悼の意を捧げています。

事件はまだ終わっていない!
今回の事件は、張容疑者が死亡したことで事実上の幕引きとなりました。
しかし、これで完全に終わったわけではありません。
SNS上には、「私がやりたかったことをやってくれた」という張容疑者の犯行を肯定する内容や、「台中市長の額に直接三発撃ち込んで始末してやる」といった、脅迫めいた書き込みも散見されます。(どちらの案件も逮捕済み)
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さらに一部では、張容疑者の資金の流れにも引き続き調査が行われているとの報道があります。
張容疑者の口座には、母親以外からも現金の入金が複数回確認されており、残虐描写のある漫画を有料購読したり、高級ゲーミングノートパソコンを購入していたことから、何らかの不正なアルバイトや資金提供者が存在した可能性も捨てきれていません。
犯人が去っても、事件の余波はまだ社会に残っているため、私たち一人ひとりが身の回りの小さな異変にも気を配ることが大切です。

